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レコレコ「コラムと書評」20020620締め切り稿


橋本努(北海道大学大学院経済学研究科助教授・経済思想)

 

 

ミニコラム(600字)

「ジャンク・フード禁止論争」

アメリカのジャンク・フード文化が批判にさらされている。すでに成人の六〇%が肥満であり、過去三〇年間で子供の肥満率が三倍に伸びたこの社会では、「肥満予防法」の立法化が議会において検討中であるという。フード産業の大手によれば、肥満の原因はジャンク・フードではなく、人々の「怠惰」にある。「消費者の自由のためのセンター」もまた、国家による健康への介入に対して反対だ。これに対して民主党は、肥満予防対策に対して積極的であり、カリフォルニアの民主党議員デボラ・オーティズ氏は最近、あらゆるソーダ水に対して二セントの課税を提案した。しかしこの提案は、市民の反対にあって座礁したままだ。

他方、公立学校では、ジャンク・フードの販売を禁止する州が増えている。学校は肥満問題を悪化させてはならないというのがその理由だ。高校生たちは従来、お昼に学校の売店でポテトチップスやソーダやチョコ・アイスのタコスなどを食べていたが、現在ではこれが、豆バーガー、サラダ、グリルド・チキン、フルーツジュースになったという。もちろん、お昼に学校を抜け出してバーガー・キングに行く学生たちもいるが、少なくとも学校では民主党の論理、すなわち、国家は人民の健康を管理すべきであるという考え方が支持され始めている。これに対して保守的なリバタリアンは、大手フード産業と癒着しながら国家介入を否定する向きだが、はたしてどちらが正当なのか、それが問題だ。

 

 

 

書評10点

[1]

竹内靖雄『法と正義の経済学』新潮選書

 個人の自己責任と自己決定を最大限に要求する立場から、犯罪問題や生命倫理などのさまざまな社会問題に積極的な提案を掲げた論争の書。戦後の日本社会は、個人の責任を最小限にしか要求しない過保護社会であった。例えば少年犯罪においては、当事者はまったく責任を引き受けられない者として甘く保護される。しかし国家が引き受けるべき課題は、交換における正義の貫徹であって、社会的正義だとか母性的保護ではない。既存の過保護で母親型の国家から、個人の行為に最大限の責任を問う社会へ、すなわち、反則行為に対しては厳しいペナルティを課すような社会へ移行することが望ましい。著者はリバタリアンの観点から、自己決定権とそれに伴う責任を最大限に要求する自由社会の全体像を、具体的な諸問題に応答しつつ構想している。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  (推薦)ノージック著、嶋津格訳『アナーキ―・国家・ユートピア』木鐸社1995

3.読書キーワード 陪審制度(アメリカの陪審制度は、自己責任原則を重んじる自由社会の原理に反する可能性が高いということだ。)

 

 

 

[2]

辻中豊編著『現代日本の市民社会・利益団体』木鐸社、4,000円

 国際比較の実証分析から浮かび上がる事実は、日本の市民社会組織や利益団体においてはロビイング活動が全般的に低調であること、そして、政治・農業・労働・経済などの生産団体を中心とした選挙と予算活動への特化がみられるということだ。とりわけ九〇年代以降、多くの組織は政治的交渉力のない市民団体へと自立化を余儀なくされたのに対して、旧来の生産団体は生き残った。また他方では、世界化・情報化を志向する新しいタイプの団体が増加している。ただし多元主義化への傾向は強いものではなく、むしろ諸団体の政治的弱体化が、アモルフなポピュリズム(衆愚政治)をもたらすのではないかと危惧される。また、日本よりもアメリカのほうが官僚の影響力が大きいというのだから驚きだ。本書は興味深いデータ分析を豊富に提示した労作。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  (推薦)ロバート・パットナム『哲学する民主主義』NTT出版2001

3.読書キーワード 市民的共同体(パットナムによれば、合唱団やサッカーなどの共同体が根を張る地域では、制度・行政のパフォーマンスが高いという。)

 

 

 

[3]

K.W.ドイチュ著『サイバネティクスの政治理論』早稲田大学出版部

 一九六三年に出版された本書は、当時の新たな研究動向を一つの枠組みの中に統合しようとした現代政治理論の古典。サイバネティクスという当時流行の概念を支柱に据え、自律や意志や成長といった価値に関わる規範的問題を理論的に論じた点にその独創性がある。サイバネティクスの語源であるキュベルネーテスは「船を操縦する人」という意味のギリシア語であり、著者はこの「操縦」の概念を「発展」の理念へと結びつけて、これを「意志と権力」の静学的な政治理解から区別している点が興味深い。サイバネティクスとは、成長を志向した開放系システムであり、管理や指令に基づく閉鎖的システムとは異なる。脱集権化された社会の知的能力をいかに増大させることができるのかについて、本書は示唆に富んだ考察を残している。

 

1.満足度 3

2.本のリンク (類似)タルコット・パーソンズ『社会システム理論』1951

3.読書キーワード フィードバック(システムは自ら生み出した内的攪乱を、今度は自ら減少させるメカニズムを備えている。政治にとってそれは、市場に対する政府の介入ということなのだろうか。)

 

 

 

[4]

フィリップ・ディーン/ケビン・レイノルズ著『英語プレゼンテーションの基本スキル』朝日出版、2002年

 三菱商事やNTTコミュニケーションズやパイオニアのような大企業に就職したら、「国際プレゼンテーションスキル研修」という勉強の機会が待っている。もはや英語でプレゼンテーションをできないと出世できないのか。本書は英語とスライドを用いて他人を説得するという、国際的な営業や社内コミュニケーションにおいて基本となるスキルを分かりやすく解説したマニュアル本。英会話がスラスラいかなくても、すぐれた英語プレゼンテーションの能力は身につくものだ。プレゼンテーションには共通の型があって、その型を繰り返して練習すれば、誰もが習得可能である。英語表現に基づく国際感覚を磨くためにも、本書のような内容の教材が高校や大学において広く利用されることを希望したい。CD付き。

 

1.満足度 3

2.本のリンク (類似)崎村耕二『英語の議論によく使う表現』創元社

3.読書キーワード 国際舞台(国際舞台というのは、英語でプレゼンテーションをする場所のことではないだろうか。そのような舞台は日本にも多く存在するはずだ。)

 

 

 

[5]

青木孝平著『コミュニタリズムへ 家族・私的所有・国家の社会哲学』社会評論社2002年

 市場と国家の両方に対抗する原理としての「共同体主義(コミュニタリアニズム)」を視軸にしつつ、マルクス派社会哲学の遺産を救出しようと企てた労作。宇野理論の脱科学化、家族論や所有論や日本資本主義論争の脱進化主義化、会社共同体の批判的検討などを経て、市場原理主義の思想を批判する理論的観点を再規定する。その議論展開には勢いがあって包括的である。著者の関心の中心には、自然法思想、古典派経済学、超越的主体論、方法論的個人主義といった概念装置に対する強い疑念と批判がある。他方では、現代の分析マルクス主義やアソシエーション論に対しても批判的な立場をとり、家族や自治会や町内会や階級や民族といった、自由意志に左右されない共同利害性の原理としてのコミュニティを復権しようと呼びかける。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  (ネタ)マッキンタイア『美徳なき時代』みすず書房

3.読書キーワード (概念)会社共同体(戦後の日本経済は「会社共同体」なるものを生成することによってコミュニティの機能を資本の論理に従属させてきた。)

 

 

 

 

[6]

大久保幸夫著『新卒無業。 なぜ、彼らは就職しないのか』東洋経済2002年

 高校生の大学進学率は現在、五〇%に迫ろうとしている。だがはたして、日本の大学教育が社会に役立っているのかといえば、そうではない。ある統計では、調査対象四九か国中、大学の社会貢献度が最下位の評価を受けたという。つまり日本では、大学に対する需要と供給が大きい割には、その中身は最低なのである。そうした日本の大学で教育を受けた学生たちが、将来の進路に対するビジョンを持ちえないのも分からないではない。就職氷河期といわれる現在、大卒の無業率は二一・三%。無業というのもなるほど善い人生かもしれない。しかし現在の社会環境のもとでは、就職しなければ社会に関する多様な情報や経験を得ることができず、結果としてキャリア形成を阻まれてしまう。そうした状況を克服する方途について、本書は具体的な諸提言を示している。

 

1.満足度 3

2.本のリンク ハンナ・アーレント『人間の条件』

3.読書キーワード  キャリア・カウンセラー(今の社会に必要なのは、就職を手助けする専門家である。発達心理学、組織行動、人事管理、労働経済学、精神医学、労働法などの幅広い知識を持って、無業20代の若者を支援する人々が必要だ。)

 

 

 

[7]

中沢新一『緑の資本論』集英社、2002年

 テロ事件後の世界を考察する論稿三篇と、それ以前に書かれた一篇を収録する評論集。論稿「圧倒的な非対称」では、近代の「富んだ世界」とイスラムの「貧困な世界」の間にある非対称の関係を、宮沢賢治の『氷河鼠の毛皮』を手がかりに、人間と動物の非対称な関係がもつ同様のジレンマとして描き出す。人間が動物に対して圧倒的な技術力をもって支配するという非対称が、近代世界とイスラムがもつ非対称関係の原型にあるというわけだ。もう一つの論稿「緑の資本論」では、マルクスの『資本論』における価値形態論が、キリスト教の三位一体論に対する批判を企てていることを読み取りつつ、共産主義の理想がキリスト教と近代の結びつき(とりわけ利子の肯定)を原理的に否定する点で、イスラム経済の原理に共振することを示している。現代文明を根源的に問い直す好著。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  マルクス『資本論』

3.読書キーワード 三位一体論(余剰価値の発生は、三位一体論の「聖霊」の役割に対応するとみなすことができる。)

 

 

 

 

[8]

ローラン・ディスポ著『テロル機械』現代思潮新社、2002年

 フランスの組織「プロレタリア左派」の元活動家、ディスポの処女作にして青春の書(原書は一九七八年刊)。思想家としてよりも活動家として、反国家テロ活動がもつべき知的戦略とその意味世界を、歴史・文学・政治の諸領域を横断しながら描きだす。野性的な知性に充満した言説空間だ。テロル(恐怖政治)は理性の無力さを曝け出す。それは理解不可能な根源悪とみなされる一方で、信念に裏づけられた世界観をもつ。そしてその理解不可能な世界像が法的な要求をもつという自体こそ、著者によれば国家権力の発生を説明するという。フランス革命における国家の粛清、中国やロシアにおける共産主義政権の出現は、テロルを作動因として社会の組織化を図る機械に他ならない。反国家テロ組織とは対照的に、国家そのものがもつ暴力の構造を暴き出す。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  マルクス『フランスの内乱』

3.読書キーワード テロリズム(テロリズムという概念はフランス革命において初めて用いられた。ロベスピエールの残党たち、地方で恐怖政治を行っていた派遣議員たちに向けられた言葉だ。)

 

 

 

 

[9]

早野透著『政治家の本棚』朝日新聞社、2002年

 月刊誌「一冊の本」に連載された政治家へのインタビュー選集。中曽根康弘氏は理想的人格主義を求めて河合栄治郎の『トーマス・グリーンの思想体系』を読み、パスカルの『パンセ』を訳した。田中角栄氏への反乱を起こした武下登氏は、ジイドの『狭き門』を暗唱した。菅直人氏は、ハックスリーの『すばらしき新世界』に影響を受け、松下圭一の『市民政治の憲法理論』をバイブルとした。また辻元清美氏は、小田実の貧乏世界旅行記『なんでも見てやろう』に感銘を受けたという。なるほど世代が若くなるにつれて、古典と呼ばれる文学や哲学よりも、大衆文化やアメリカの戦略的社会科学に学ぶ実務的政治家が増えているというが、そうした現代にあって本書は、すぐれた政治家たちの様々なエピソードとともに、政治の糧となる書物を教えてくれる貴重な一冊だ。

 

1.満足度 4

2.本のリンク  佐高信『青春読書ノート 大学時代に何を読んだか』

3.読書キーワード 司馬遼太郎文学(世代を超えて、圧倒的な影響力を政治家に与えている。)

 

 

 

[10]

佐々木幹郎著『アジア海道紀行 海は都市である』みすず書房、2002年

 東シナ海沿岸の諸領域、すなわち九州、韓国、中国大陸の随所を訪ねた旅の紀行。鑑真が到着した鹿児島の「坊津(ぼうのつ)」という港町にはじまり、歴史的に重要な文化交流地点を訪れる。鑑真、倭寇、蕪村、日本書紀、古事記、各地の郷土資料博物館、等々からの豊富なテクストを手がかりにして、異文化交流への豊かな想像力を膨らませつつ、その歴史的生成を「海」に焦点を当てながら追体験していく。海を渡ることの困難は、世界を知りたいという文化的欲望と表裏一体である。東シナ海を友好に交流することが日本社会の発展に重要であるという事実は、現在も変わらない。著者の眼差しは詩人であると同時にルポライターでもあり、また、歴史研究家に相応しい探求心と紀行作家に相応しい社会描写力の才を遺憾なく発揮している。写真も豊富で、旅情を誘う。

 

1.満足度 3

2.本のリンク  安藤更正『鑑真』1967年